参加者の体験談

2010年日本人参加者の感想

シャーマン儀式(アヤワスカを飲むこと)も知らないまま、ペルーのジャングルに行きたかったというだけで参加してしまった私ですが、とてもいいツアーでした。
泳ぐことができなくて、水が苦手なはずでしたが滝壺に入っての水浴びは最高でした。
旅行中はベジタリアンの食事でしたが、フルーツがおいしくて何の不自由もありませんでした。(女性)

毎日がワクワクするアドベンチャーの連続でした。シャーマンさんも温かく穏やかでやさしい方達で、私もスペイン語を少し話せたらいいのにと思いました。ペルーの食事もとてもおいしかったです。シャーマン儀式では宇宙に行ったような経験が出来て、身体も心もデトックスしたような気がします。帰ってきたら皮膚が強くなり若返ったような気がしました。パワー全快で戻ったので、会社の人達にもびっくりされました。(女性)


チェコ人参加者の声:

<体の状態によっての具体的な効果>

1. ひじのケガ

V. L.さん(45歳男性/企業家)は2008年、何年かぶりにテニスをした際に、関節液滲出をともなうひじの腱鞘断裂というケガを負いました。医師からは、普通の治療では治らないため、手術を受ける必要があると言われました。V.L.さんはその勧めを断り、出発が迫っていたペルーへの旅に参加することにしました。その前の年、シャーマンのセラピーによって、自動車事故で負った重度骨折の後遺症が消えたという経験があったからです。
今回の旅では、ヒーラーのドン・ペペ・オルドネスが痛めた箇所に(ひじは変形していました)薬草の湿布をあて、浄化セラピーを施しました。シャーマンのドン・マウリチオからは、インディオの伝統に基づくビジョンを用いたセッションを受けました。全プロセスは休憩をはさみながら10日ほど続きました。ひじの変形は目に見えて改善され、7日から10日経つ頃には完全に元の見た目に戻りました。もはや、痛みや動かしにくさを感じることもありませんでした。帰国後(約10日してから)医師の診察を受けましたが、ひじは全く異常なしとの診断が下されました。

2. 運動器官の損傷

I.U.さん(34歳女性/企業家)は、子供のときから骨組織の退行性自己免疫疾患という不治の病に苦しんできました。この年齢にしてすでに動きの自由がきかず、また長時間座っていることができなかったので、横になったり、立って体を手で支えたりという体勢を交互にとらなければなりませんでした。ペルーでのプログラム中、バスに乗っているときも同じでした。原生林に乗り込んでいくような旅は、今回のペルーが最後になるだろう、と彼女は感じていました。というのも、この病をもつ人は35歳から40歳あたりの年齢で車椅子を使うようになる、と医師から警告されていたからです。これは遺伝性の病気でもあり、彼女の父親も車椅子の生活を送っていましたが、自力で歩けなくなって数年して、父親は自ら命を絶ちました。I.U.さんはうつ状態におちいることがよくあり、交友関係もなかなか築けずにいました。自分の病気は死に至る病であり、不当な仕打ちを受けていると感じていました。その不満を彼女は、がむしゃらに仕事をし、稼いだお金をこれ見よがしに浪費することでまぎらわしていました。不治の病に同情する親類や友人たちは、彼女が道徳に反するようなことをしても、見て見ぬふりをしました。現代医学では治る可能性はゼロに近いと思われる病でしたが、ペルーでのプログラム初日から、リーダーとシャーマンたちは彼女の心理状態を治癒の可能性を受け入れるように導き始めました。参加中、I.U.さんは目に見えて元気になっていき、日帰りの自然体験旅行にも休まず加わり、マイクロバスや小舟に乗っての比較的長時間の移動もこなし、ジャングルでは皆と同じように(彼女のためにマットが用意されていたにもかかわらず)ハンモックで眠りました。ついには数時間かけての登山も成し遂げることができました。代替治療の試みとしてはペルーへの旅が初めてではなく、その数ヶ月前からサイキックでもあるマッサージ師のもとに通っていました。ペルーから戻った後も同様の試みを続け、アーユルヴェーダに基づく治療に通いました。状況が著しく好転し始めたのは、ペルーにおけるシャーマンのヒーリングを受けたときのことでした(2009年に参加し、3人のシャーマンに続けて治療を受けました。特にマエストロ・フロレンティーノからは集中的にヒーリングを施されました)。その後数ヶ月で彼女の健康状態は急激に改善されました。医師の診察を受けましたが、元の診断内容を証明するような結果は一つも出ませんでした。医師たちは、小児期・青年期に下された診断はすべて誤ったもので、そのような病気は元々なかったのだ(もし病気があったとしたら、消えるということはありえないとされるからです)と宣言しました。今になって急によくなった長年の関節痛や動きの不自由さは、腎臓の病気が原因だったというのが、後になって伝えられた医師の見解です。

3. 高血圧・胃がん

E.D.さん(54歳男性/ペルー訪問時は年金生活者)は、不摂生を重ねたせいで、高血圧その他の不調をたくさん抱えていました。個々の診断が積もり積もって、身体障害者として国民年金を受給することになりました。さらに2004年に受けた健康診断で、初期の胃がんが見つかっていました。こういった背景があったため、2005年にペルーへ行こうという友人(すでに何回もペルーを訪れていました)の誘いに乗りました。現地をしばらく旅し、環境に慣れた後、シャーマンでありヒーラーでもあるドン・ロケの率いる3週間のプログラムに参加しました。身体の不調は徐々に改善され、ヒーリングが終了してからもしばらく一人でペルーを回り、指示された食生活を守り生活スタイルを改善するよう心がけました。帰国後の検査では、がんの兆候が完全に消えていることが証明されました。それ以外の不調も、緩和されていました。E.Dさんはもはや、身体障害者の資格を抹消し、仕事に復帰することを考えるまでになりました。

4. アレルギー

J.V.さん(29歳男性/公務員)は、幼い頃から重度の皮膚アレルギーに悩まされてきました。2000年から2005年にかけて、彼は3回ペルーを訪れ、何人ものシャーマンによるセッションに参加し、その度にアレルギーの症状が完全に消えるという体験をしました。帰国し大都会の生活に戻ると、数ヶ月のうちに再びアレルギーが発症しましたが、ペルー訪問を重ねるごとにその戻りは遅く、症状も軽くなっていきました。現在では都会の暮らしを続けて数年になりますが、アレルギーの症状はごくまれで、弱いものにとどまっています。

5. 皮膚病

E.A.さん(43歳女性/心理カウンセラー)は2006年にペルーを訪れました。当時彼女を苦しめていたのは重度の乾癬で、ひどい時には症状が体の半分にもおよびました。ペルーでは3人のシャーマンのワークに参加するうち、自分の抱える深刻な心理的問題に気づかされました。どれも、知ってはいながら生まれつきのもので、変えることはできないと思い込んでいたものばかりでした。具体的には閉所恐怖症(プログラムの初め、ユリマグアスという小さな町で、グループのメンバーをいつも利用するホテルに全員泊めることができなかったため、急遽代わりのホテルをあてがわれましたが、彼女は窓が外の通りではなく廊下に向いた部屋に当たり、他の参加者と部屋を交換してもらうまで寝付くことができませんでした)や、首をきつい襟で締め付けたり、スカーフのようなものを巻いたりすることができない、外で靴を脱ぐことができないなど、たくさんの小さな恐怖症と心理的な制約が彼女を縛り付けていました。ジャングルで行われた初回のシャーマンとのセッションでは、シャーマンのヒーリング技術を自発的に受け入れようとする姿勢を身につけ、数時間にわたって連続で、ビジョンを用いて自分のエネルギーに関する問題に取り組みました。身体の一部とエネルギーの通り道を浄化し、そこから光が自由に出入りできるようにし、濃くよどんだ暗いエネルギーを排除しました。内面のビジョンを用いて、自分ののどから黒い蜘蛛や大きな虫を取り出すという、アマゾニアでよく使われる方法すらも使用しました。プログラムの終盤では、山道の散歩でときに裸足で草や石の上を歩いたり(生まれて初めて外で靴を脱ぎました)、インディオの飾り玉を買って身に着けたり(生まれて初めて首に物を着けることができました)するようになり、またホテルの部屋で感じた圧迫感を思い出しては自分でもおかしく思いました。乾癬の症状も目に見えて軽減され、帰国後はもう元のように発症することはありませんでした。

6. 視力異常

K.C.さん(37歳女性/言語学者)は、2001年に参加したあるシャーマンとのセッションの後、急激に視力が1.5~2.5ジオプター(視度)も改善されるという体験をしました。セッション中は数時間にわたって目を閉じて横たわり、その後起き上がって、キャンプの自分の場所に行くために本能的にメガネに手をのばしました。メガネをかけたK.C.さんは、物がはっきり見えすぎて不快な感じがし、メガネを外してしまいました。眼科医の診断では、ジオプターがマイナス6の近視とされていました。今日の医学的流儀に基づいて、メガネは実際の視力よりも1ジオプター弱いもの(マイナス5)を使用していました。その後2、3日の間、何度もメガネをかけようとしましたが、はっきり見えすぎて目が圧迫されるような感じがし、頭痛がしたため、しばらくするとまた外してしまうのでした。野外でメガネなしで動き回るのは怖い気がしましたが、度の弱いメガネを手に入れる術はありませんでした。仕方なくまたメガネを試し続けましたが、不快感は徐々に消え、帰国時には全く感じなくなり、また常時かけるようになりました。1年以上経ってから眼科医にかかり下された診断は、ジオプターがマイナス5の近視でした。メガネをかけていたせいで、急に良くなった視力が維持されることはありませんでしたが、元のジオプターマイナス6には戻らず、メガネの度数(マイナス5)に慣れていった、ということです。つまり、ジオプター1度分の視力改善は維持されたことが分かります。
興味深いことに、プログラム初期のある瞑想で、K.C.さんは視力の問題にも一部テーマとして取り組みましたが、その中で自分が積極的に周囲を探索するよりも、息が詰まるほど極端に自己の内面を見つめるくせがあり、そのことと近視が心理的に関連していることを発見しました。セッションでK.C.さんは、自分の首が後ろから裂けており、幼虫から成虫に生まれ変わるトンボのように、自分の「古い」頭から巨大な目と鋭い眼力をもった新しい頭が出てくるというビジョンを見ました。視力が良くなったときのセッションでは、すでに全く別のテーマに取り組んでいました。実際、その時にはすでに「新しい、よく見える目」で、これまで扱ってこなかった宇宙のテーマやその他のより高く進化したテーマを観察し、同時にある意味リラックスし、心理的ストレスから開放されていたため、視力回復にもつながったのではないかと言えます。

7. ニコチン依存症 -1

T.H.さん(44歳男性/動物学者)は、2003年にペルーでプログラムに参加しました。動物や自然そのもの、また環境に対する関心が非常に高いT.H.さんは、クリスチャンでありかつ生物学者でもある立場から、シャーマニズム体験に慎重な姿勢を示していました。スピリチュアリティに関する本はそれまでほとんど読んだことがなく、関連するイベントにも参加したことはありませんでした。そのため、最初数回のセッションでは内面の葛藤を感じ、キリスト教とシャーマニズムが相容れないものであるという感覚をもちました。しかしプログラムが終盤に差しかかると、より繊細な知覚をもつことができるようになり、古代から伝わるインディオの伝統を、心と体を総体的に癒す力を有するものとして認めるようになりました。自身はまずまず健康ではありましたが、シャーマンのプログラムでは長年にわたるニコチンへの依存という、最も重大な健康問題に取り組みました。T.H.さんはシャーマンやジャングルの環境そのもののおかげですっかり浄化されたと感じ、タバコを吸いたいという欲求も「ひとりでに」消えてしまいました。そのまま3年間禁煙したT.H.さんですが、ある時ストレスが高じてまたタバコに手が伸びました。しかしすぐに、運動能力の衰え、息が切れやすいなどの悪影響を感じ始めました。今度はたやすく禁煙することができ、その後4年間、一度も吸っていません。またペルーを訪れ、自然の中に滞在し、スピリチュアルのより深い次元に到達したいと考えています。ここ数年で、T.H.さんは数多くのスピリチュアリティに関する本を読み、意識開発に関する考えを深めています。

8. ニコチン依存症 -2

K.S.さん(35歳男性/私営クリニック院長)は、ペルーへの旅にエキゾチックな冒険としての関心を抱いていました。内面の発展に取り組む意思もありましたが、その準備はほとんどできておらず、関連する本も全くといってよいほど読んだことがありませんでした。また自分がメンタル面でどのような姿勢をとっているのか、感情面ではどのような姿をしているのか、意識したこともありませんでした。仕事では成功を収め野心もありましたが、私生活では時に怒りっぽく忍耐に欠け、意地悪なふるまいをすることもありました。ヘビースモーカーでもありました。初回のシャーマンのセッションでは、思考と知覚に対する新しい視野が開けていくのを感じました。しかしタバコはやめず、他の参加者が近くにいる時にも、断りもせず吸い続けていることに、自覚がありませんでした。2回目のセッションの後にもタバコをやめず、ある日参加者全員とのベジタリアン式夕食の場でタバコに火をつけたところ、グループの一人から、他の参加者が浄化され、デリケートな状態にあることに気づいておらず、煙を不快だと感じる人々からの微妙なシグナルを無視している、と厳しく注意されました。その人は続けて、これがK.S.さんの周囲に対する心理的姿勢そのものと結びついている、すなわち煙と小さな反発心によって、周囲から孤立しようとしていることを指摘しました。この出来事があってから、少し不愉快な状況にあったK.S.さんにも、徐々に「プラスの」兆候が現れてきました。グループのリーダーの講義に熱心に耳を傾けるようになり、また自然の清らかさ、原野のおおらかさ、シャーマンの歌声の美しさなどが理解できるようになりました。最後のセッションでの体験を語ることはありませんでしたが、彼が「存在」のより広い次元に到達し、人間関係と周囲に対する姿勢を再評価したことは明らかでした。K.S.さんは他人に対してよりデリケートに注意深く接するようになり、タバコも完全にやめました。



<準備状態によっての体験談>

1.「全く準備なしに参加した人」(スピリチュアルワーク未経験)のケース
N.I.さん(31歳女性/管理職)

N.I.さんは美人のスポーツウーマン、健康そのものの女性です。「スピリチュアリティ」に興味を抱いたことは全くありませんでしたが、自己の内面的発展に長年関心をもっていた10歳年上の恋人と共に2008年、ペルーを訪れました。シャーマンのワークにおいてビジョンを獲得するために彼女が用いたのは、おとぎ話や伝説、一般的な宗教イメージ、さらには子供向けアニメといった、成長の過程で触れてきた素材でした。

初めてシャーマンの儀式に参加したとき、N.I.さんは無数の短いビジョンを見て混乱し、途方に暮れてしまいました。それでも、自らの意識によって突然連れて来られた視覚的世界が、温かく自分を歓迎しているのを感じました。閉じた目の奥で、インディオや様々な民族の人々が自分に向かって手を振っているのが見えました。

次にシーンは大広間へと移り、N.I.さんは愛らしいドレスをまとって、玉座のようなものに座っていました。彼女は美しく心のやさしい王女で、やがてはその愛と真心をもって「民を治める」であろう存在でした。その次に参加したシャーマンの儀式で得た体験はさらに深いものでした。おとぎ話や伝説の中に入り込み、「今手にしているこの力」が俗世の権力ではなく、「魔法と奇跡」の力であることを知りました。突然、自分の身体が半透明になり、質素で柔らかいロマンチックなドレスをまとった妖精の姿になっているのに気づきました。手には人々の望みをかなえることのできる「魔法の杖」が握られており、彼女はこの能力を使って皆を幸せにすることに喜びを感じました。

3回目の儀式に参加した時には、N.I.さんは意識のさらに繊細なレベルまで到達しました。自分の肩に、何らかのエネルギーのようなもの、羽のようなものが付いているのを感じました。そして突然、自分が天使たちに招かれていること、なぜなら自分も「天使である」からだということを理解したのです。着ているものはもはや、ここでは意味をもちませんでした。こういった印象深い体験の端々に、家族に関連する多くの視覚的断片も現れました。これは時おり顔を出す小さなエゴや、流行ファッション、地位や栄光といった表面的なことへの過度の関心から、ある意味浄化されるために必要なステップでした。

4回目の体験はN.I.さんにとっては早すぎる体験であり、理解できずにおびえてしまいました。シャーマンの儀式で、彼女は自分が消えてしまうような、自分の肉体が溶けていってしまうような感覚をもちました。そういった体験を得るための準備ができていなかったのです。興味深いことに、他の参加者たちも非常によく似た体験をしていたのですが、ただその対処のしかたを心得ており、肉体のない存在になれることを喜びと感じていたところが、彼女とは異なりました。N.I.さんはしばらくの間、自分の「肉体を奪った」得体の知れない力に語りかけ、どうか脳みそだけでも残してくれるように、脳があるおかげで「自分の姿を思い出して、肉体を再建することができる」のだから、と懇願しました。脳みそまでが空間の中で溶けていくと感じたとき、同じような体験をしている人たちと一緒の所にいたくないので、(付き添いと共に)セッションから抜けたいと請いました。意識をより深いところへと誘い込んでいくシャーマンの歌声は、もはや彼女の耳には届いていませんでした。

インディオの小屋に逃れてからも、彼女の心は落ち着きませんでした。準備のできていない者が繊細な意識レベルに達した時おちいる状態を、今彼女も経験していました。現実が確かなものであるという確信がもてなくなり、この夜が本当に明けて、また太陽が昇るのか、本当に家に帰れるのか、帰る先の町や家族が本当に存在するのかと尋ねました。どこにも確信がもてなかったのです。次の日、N.I.さんは質問ばかりしており、まだ不安定な状態から抜け出せないでいました。

帰国後、彼女はビジョンの中で現れた断片が、次第に現実となっていくのに気づきました。当時、彼女は娘との問題を抱えており(といってもこの年頃の子供であればよくある問題でした)、母親はガンにかかっていました。N.I.さんはなんとかして母親を救おうと全力を尽くし、選りすぐりの医者やサイキックに助けを求めました。しかし母親は疲れきっており、心の内では人生に別れを告げていました。N.I.さんは、母親が存在の異次元に移ろうとしていたこの辛い時期に片時もそばを離れず、柔軟で率直であるよう努め、本物の愛情を示し、「絶対よくなるわよ」といったようなその場しのぎの慰め方をしないよう心がけました。母親が長年苦にしてきたことに耳を傾け、周囲の人が犯した過ちを許す手助けをし、過去のいやな経験を心の中で清算するよう導きました。母親と手を取り合い、恐れることなく未知の世界に向かって歩み、全面的に支えとなるよう努めました。母親がある時、確信に満ちて「あなたは天使よ」と言ったその言葉を聞いて、N.I.さんはペルーでの体験を思い出しました。

母親の死後、N.I.さんは関連する本を読み始め、セミナーに通い、予期せぬ体験に備えました。その後2009年、2010年と再びペルーを訪れ、シャーマンの力を借りて積極的に自分と世界の探求を続けました。

2.「全く準備なしに参加した人」のケース
O.M.さん(35歳女性/プログラマー、ペルー訪問時は精神的危機に直面)

O.M.さんがペルーを訪れたのは、人生の危機に瀕していた2007年のことでした。最愛の夫から、予期せず別の女性と暮らすつもりであること、その女性が彼の子供を宿していること、そのために離婚して家を出ること(O.M.さんとの間には男の子がいました)を告げられたのです。彼女にとって夫は、人生でたった一人の男性でした。高校を卒業してすぐに知り合い、熱烈な恋に落ちた二人は、短い交際期間を経て結婚しました。夫を裏切ったことは一度もなく、夫と息子、家庭に自分の時間のすべてを捧げてきました。

夫は裕福な企業家だったため、彼女は仕事を辞めてひたすら家におり、家庭以外のことには全く関心をもちませんでした。ペルーに渡ったのも偶然の成り行きでした。元々は夫が行くはずだったのですが、妊娠中の愛人のもとに残り、離婚の手続きを進めつつ新しい家庭を築くことに決めたのです。旅費はすでに支払い済みだったため、O.M.さんに代わりに行かないかともちかけました。彼女にとっては、しばらく家を離れることができ、息子の前で涙を隠す努力から開放されるよい機会だったため、ペルーへと旅立つことにしました。シャーマンに関しては何も知りませんでした。

プログラムの前半までは、自分が不当な仕打ちを受けた被害者であるという意識から抜け出せず、夫のしたことが理解できませんでした。夫の選んだのが若く美しい女性ではなく、むしろ自分よりも少し年上の、外見も劣る人であるという事実が彼女を苦しめていました。しかし終わりに近づくにつれて、自分が他人より勝っていると思っていたところが、実は短所だったのだ、ということが「目の前が明るくなるように」分かってきました。

初めO.M.さんは「夫はなぜ私を捨てたのだろう。私が今までしてきたことはすべて夫のためだったのに、彼の人生を私も生きてきたのに。自分の友人も徐々にいなくなり、彼の友人が私の友人だった。仕事も辞め、彼の仕事だけに興味をもってきた。彼が考えることを私も考え、感情の動きも彼に近づいていった。私はまるで彼そのものだった。こんなにも二人は結びついていたというのに!」と嘆いていました。しかしプログラムが終盤に差しかかる頃には、夫との関係における自分の未熟さと依存性、自分が夫にとって魅力的な存在ではなくなっていったこと、個人としての生の輝きをもたない、夫の生き写しのようになっていったこと、創造するエネルギーをもたず、自分の意見も、自己開発への関心ももたない存在と化していったことが分かってきました。

思考が不安定でたびたび泣いていたため、瞑想はあまりうまくいきませんでした。シャーマンのセッションで体験した浄化は肉体的なものがほとんどで、リーダーから説明を受ける時も集中力を持続させることができませんでした。それでも、少しずつ元の自分を取り戻しつつあること、充実した自己実現の希望が芽ばえつつあるという直感的な感覚は生じていました。

帰国後、O.M.さんはリーダーに感謝の手紙を送り、その中で旅の前に自殺すら考えていた自分の命を、ペルーが救ってくれたと記しました。スピリチュアリティや心理学に関する本を読むようになり、自己探求セミナーに通い始め、創造面では陶器の像を作るようになりました。同時に息子の内面世界に強い関心を抱くようになり、互いに深く分かりあうようになり、時にはこの9歳の子供に助言を求め、決定をゆだねることもありました。彼女の直感は急速に強まり、人生の試練のおかげで自信と生きる知恵を手にすることができました。

1年後、O.M.さんは再びペルーに降り立ちました。この時はすでに、シャーマンワークでの体験をすべて受け入れる準備ができており、新入りの参加者を心理的に支えることもできました。自らの新しいアイデンティティ、すなわち夫に感情的に依存した女性としてではなく、意識をもつ個人として、また存在の観察者としての自分を求めて、彼女はますます深く、スピリチュアルな真実の奥へと突き進んでいきました。

帰国後はスピリチュアリティの面でも(読書、セミナー、関心を同じくする仲間との集まり)、また一般教養の分野でも(外国語学習、地球の現状についての関心、旅行など)自己啓蒙に励みました。また仕事にも復帰しました。枯れることのないポジティブなエネルギーを放出することができるようになり、周囲の支えとなり、たくさんの友人ができました。息子に関しては、否定的な押し付けや恐怖心をあおるような躾はせず、直感を頼りに親子で共に創り上げていく、という姿勢で子育てに臨んでいます。そして、再びペルーを訪れるつもりです。

3.「一部準備ができていた参加者」のケース
K.P.さん(36歳女性/美容皮膚科医、ペルー訪問時は人生の試練に直面)

K.P.さんは当時、疲れきって輝きを失い、人生への意欲も、よりよい自己実現への希望もないと感じていました。自分の悲観的な状態の原因は、子供を4人生んだことによるエネルギーの枯渇である、と彼女は思っていました。最初の2人の時は、出産後仕事に復帰することができました。美容皮膚科医として多くのクライアントを抱え、収入も豊かで、贅沢な旅行を楽しみ、子供にもたくさんのおもちゃを買い与えていました。3人目と4人目の出産後は、もはやフルタイムで復帰することはできず、収入も小遣い稼ぎ程度になり、お金に困るようになりました。最新の化粧品を研究する時間もなくなり、自分に対する自信を失いました。クライアントを引きつけるカリスマも、説得力も失われ、人前に出ることを怖がるようになりました。

子供をたくさん作ることに反対だった夫の両親は、彼女に救いの手を差し伸べることを拒みました。実母はというと、収入が多かった何年かの間に、娘からの金銭的支援に慣れてしまっている状態でした。夫の協力も、十分なものではありませんでした。度重なる辛い出産と、幼い子供たちを思う心労で彼女は疲れ、人生が出口のないトンネルであるような気がし始めました。4人の子供を満足に育てられないのでは、と心配しても、子供の世話があり仕事に復帰する余力はありませんでした。K.P.さんは抑うつ感に悩まされるようになり、食べることで気分転換を図っていた結果、体重が増加しました。もはや自分は夫にとって魅力的な存在ではない、と考えるようになりました。

感受性が強く聡明なK.P.さんは、ペルーでのプログラムにおいて、グループのリーダーが参加者の内面にはたらきかけようとするその意図をすぐに汲み取り、シャーマンの力を借りた体験に秘められた可能性を察知し、またジャングルの環境がもつ治癒力、若返りの力を実証しました。専門家として、新鮮な空気やみずみずしい果物、アマゾンに生きる植物のフィトセラピー(植物療法)的潜在能力を感知することができたのです。

グループの参加者たちの肌がきれいになっていき、体型も健康的に引き締まり、精神も鍛えられていくのにK.P.さんは気づきました。この機会を利用して彼女も食べるものを最小限に減らし、肉食をやめ、その後はサラダとフルーツだけ、やがて果汁のみを口にするようになりました。体重は目に見えて減っていき、若々しさを取り戻しました。人目をひくエスニックの服やインディアンのアクセサリーを買って身に着け、目には輝きが戻ってきました。そんな中、彼女が真に貴重な体験ととらえているのは、プログラムのリーダーの一人が彼女に向けて言った、「あなたはただの女性でも、ただの人間でもなく、自由なコスミック・パーソナリティをもつ存在なのです。それを思い出してください。」という言葉でした。これを聞いた瞬間、彼女は強烈な開放感に貫かれました。数回にわたるシャーマンワークでは、自分の精神と心理、人生において、自己の新しい認識のためにどのような変化が起こりうるかを探求しました。

K.P.さんが再びペルーを訪れた時の体験は、特別なものでした。例えばある時、ジャングルの中にあるシャーマンの家に行き当たった際、その場所と家が、思春期に何度も夢に出てきたものと同じものだということが分かりました。当時は目が覚めるたびに、なぜこんな変な夢を繰り返し見るのだろう、と思ったものでした。また、彼女の人生にも変化が現れ始めました。突然エネルギーがあふれてくるのを感じ、子供の世話もこなし、夫の関心を取り戻すようになりました。周囲にも、芸術家や知識人といった個性豊かな人々、さらには自己の内面の発展に関心をもつ人々や、東洋での瞑想紀行やUFOの観察など貴重な体験をもつ人々が集まってきました。彼女も、仲間をペルーへと誘いました。南米を定期的に訪れ、「シャーマンの道」に真剣に取り組もうと決心したのです。

4.「一部準備ができていた参加者」のケース
E.V.さん(44歳女性/ファイナンシャルプランナー、
ペルー訪問時は自分と自分の人生に密かに不満を抱いていた)

理性では、自分はごく「普通の女性」の人生を生きていると思ってきたE.V.さんですが、シャーマンワークに参加するうちに、自分には「普通の」表面的な人生は合わない、ということが分かってきました。仕事の負担が重く疲れきっており、自分の資産の行く末に気をもむクライアントのネガティブなエネルギーが重荷でした。倫理にかなっているとは言い切れないケースの場合は、息苦しさが増しました。

彼女は(軽度ではありましたが)肥満体型で、自分にはもう女性としての魅力がないと思い込み、年下の夫との関係が常に不安定なのに気を病んでいました。自分は周囲にあまり好かれていないのではないかという思いがあり、そのために役に立つ、人一倍親切な人であろうと努めました。動物が苦しむ姿を想像するだけでも耐えられなかったので、自然とベジタリアンになりました。しかし、本当に人の役に立つということがどういうことなのか、彼女は知らなかったのです。絶え間ない心の緊張は、体の不調としても表れていました。もう何年もの間、心臓があまり良くなく、脈が速い状態が続いていました(常に1分間85~110)。

初回のシャーマンとのセッションでは、初めのうち混乱し、まず肉体的な浄化が行われました。しかし解毒プロセスが終わると、突然大きな開放感が訪れ、自分の身体が浮き上がり、空を飛ぶビジョンを得ました。シャーマンの伝統やリモート・ビューイングに関しては何も知らなかった彼女ですが、自分の意識がこれまでになく開放されている状態をすぐに利用し、どこにでも行きたいところに飛び、家を「ちょっと見に」行き、家族がどうしているか「チェックし」ました。彼女にはこの能力がいたって自然なものに思われ、シャーマンに関する知識が全くなかったにもかかわらず、まさにこれが、シャーマンの力によって体験できると思っていたものだ、という気がしました。

次のセッションで得た体験はあまりにも衝撃的なもので、翌朝になってもすぐにその内容を口にすることができませんでした。しばらくして語るには、繊細で見事な「天使の」音楽が聞こえ、自分の身体が宙に浮き、息をのむほどに美しい風景の広がる非物質的次元まで到達した、ということです。そこでは非常に高いレベルに進化した生命体が彼女のところにやってきて、教えを授けよう、と言いました。

彼女は教えを受けることにし、その後何時間にもわたって、地球のさまざまなスピリチュアル・システムの基本原則について学び、神聖な記号や「神聖な幾何学」を観察し、昔の文明によって発見されたこと、その知恵などについて説明を受けました。その間、自分が涙を流しているのを何度も感じました。つい最近まで、自分にこのような体験を得る資格はないと思っていたからです。自分の知性、モラルに関しても、過小評価していました。

帰国するときにもこの体験はE.V.さんの頭から離れませんでしたが、周囲の不理解と孤独だけが心配でした。しかし、恐れていたことは現実にはなりませんでした。夫は彼女の体験を聞いて感激し、また以前はお互い知らない者同士だった人、ほとんど知らなかった人の中にも興味をもつ人々が現れ始めました。同時に、彼女の体重はゆっくりと、理想の数値まで落ちていき、以前よりも自分の内面に気を配るようになりました。そして、自分が周囲と比べて「不利だ」と思っていた個性、すなわちベジタリアンの食生活、「真面目な」事柄への関心、こまやかな子育てなどにおいて、自信をもつようになりました。新しい本を次々に読み、その中で多くのことをすぐに理解し、興味をかきたてられました。また、周囲が気づかないままに、助けを必要とする人に遠隔ヒーリングのテクニックを用いて、エネルギーを送るようになりました。

やがてE.V.さんは再びペルーを訪れ、プログラムを難なくこなしました。終わりに差し掛かったころには、インディオの青少年によりよい暮らしと勉学の機会を与えるための金銭的援助に参加することを決心しました。インディオの若者たちが弁護士や環境学者になれるような環境を整え、やがては自分たちのジャングルを守り、まだ研究が遅れていたり、世に全く知られていない治癒能力をもつ植物や、シャーマンの伝統そのものを守っていく、それがこの援助の目指すところです。E.V.さんは自分の住む町で、インディオの子供たちのスポンサー集めを始め、また決して豊かとはいえない自分の貯金からも寄付を行いました。

5.「準備ができていた参加者」のケース
S.I.さん(51歳男性/大企業家)

S.I.さんは早くから人並みはずれた組織力で頭角を現し、好奇心旺盛で建設的な考え方をもった、博学な男性です。二十余年にわたって、さまざまな分野に手を広げる拡張型事業に従事し、大きな成功を収めました。数年前に、重い仕事の負担からも少し自由になることができ、同時にスピリチュアリティと自己意識の開発に興味をもつようになりました。たくさんの本を読破し、人間の心理やスピリチュアリティに関連する様々な催しに足を運びました。

2008年にS.I.さんはペルーを訪れました。シャーマンの力を借りた体験を楽しみにしていましたが、実際どれも非常に有意義なものでした。シャーマンでヒーラー(心霊治療家)のドン・ペペとの最初のセッションでは、主に肉体的な浄化を体験しましたが、2回目のドン・ロケの時には読書で得た知識をさらに昇華させていくような、鮮烈で興味深いビジョンを得ることができました。それだけではなく、同時に感情的内面(S.I.さんは輝かしいキャリアを手にした反面、倣岸さ、短気、時には部下に対する気難しさといった性質も持ち合わせるようになってしまっていました)の浄化も行われました。

3人目のシャーマン、ドン・マウリチオの時には、のちにS.I.さんが「それまで、地球上でこのような体験が得られるとは夢にも思わなかった」と語ったようなことが起こりました。この現象の中で彼はこれまでのセッションで得た経験をつなぎ合わせ、さらに前進することができました。もう本で読んだスピリチュアリティの知識の結びつきを考えることはせず、スピリチュアルの法則を「思い出すこともありませんでした」。S.I.さんはより上のレベルへと進んだのです。

S.I.さんは、自分が宇宙の構造とその「時空間的」矛盾を理解すること、他の次元の存在可能性と原理に、それとは知らずに関心を抱き続けていたことに気づきました。受けてきた教育(物理学部卒業)のおかげで、具体的な質問を投げかけるだけの知識が彼にはありました。彼の意識は、天才的ともいえる極度の速さで情報を処理しました。一つの質問を挙げ、答えを得たと思ったらすぐに次の問いを投げかけます。S.I.さんの得た情報は主に視覚的なもので、物質のさまざまなレベルや、量的空間やパラレルワールド(平行世界)がどのようにして生まれるのかを観察しました。私たちが知っている物理的な宇宙とは別の次元にある幾何学原理を研究し、また一面に広がる見事な色彩スペクトルに酔いしれ、さらに音のもつ振動原理の細かいニュアンスを体験しました。日常生活を送るただの人間としての殻から開放され、独立した「意識」として、また普遍的な観察者として存在することができ、S.I.さんは言葉で表せないほどの幸福を感じました。

次の段階では、実践的な体験が待っていました。S.I.さんはその道具として、「現実の時間」でいう1~2時間の間、ちょうどその性質を探求しようとしていた「音」を使用しました。この時間中、彼はハンモックに横たわり目を閉じて、神聖な音である「オーム」または鼻音の「ンー」に近いような音を、静かに発声し続けました。この種の音にある特定のニュアンスを与えて出す特別な波動が、身体の細胞組織や器官を治癒する能力をもつことが分かってきたのです。彼はただちに、この波動による治療を自分(小さな不調を除けば、全く健康といって差し支えない体でした)と、もっと深刻な健康問題を抱えていた他の参加者に試してみました。音が、彼らの抱える状況とエネルギーを調和させる力があることが、S.I.さんの目には明らかでした。それが分かって、彼は過去に起きた困難な状況と、未来に起こりうる困難な状況(方向性によっては、それが自分の進む可能性の高い道であることがはっきりと認識でき、そこから起こりうる出来事を容易に遠ざけることができました)に向かって音の波動を送るようになりました。

またこの時期、S.I.さんが大きな課題の一つととらえていたのが、自分の妻のスピリチュアルな次元に手を差しのべることでした。自分が支障なく仕事に取り組めるようあらゆる面で気を配ってきたこの25年間で、妻が主婦と秘書の役割と一体化してしまい、自分の仕事をもってこなかったのをS.I.さんは非常に苦にしていました。彼女は自己内面の開発にも全く目を向けたことがなく、スピリチュアリティのさまざまな可能性にも関心をもたず、それどころかこういったことに恐怖心をもっていて、刺激的なこの世界に彼女を引き込もうとするここ数年の夫の試みも、頑として拒絶してきました。ペルーには彼女もついて来ましたが、S.I.さんに促されてシャーマンのセッションに参加しても、どうやって体験を得ればよいのか理解できず、恐怖心に縛られ、短い貴重なビジョンを得るのがやっとでした。S.I.さんは音の波動を妻に向けて発信し、その時心の目で彼女のエネルギーの構造をキャッチしました。あふれる愛に満たされた、見事で美しい黄金の核が、心理的なよどみと束縛、恐れの幾重もの層に覆われており、そのせいで彼女自身の個性とほとんど結びついていない状態でした。そこでS.I.さんは音の波動を利用して、妻の魂と理性的思考の見えないエネルギーを、巧みに調和させていきました。彼女の注意力と感情的・精神的潜在能力を、自分の魂の輝きに気づくようにと導いていったのです。

それからS.I.さんの脳裏に浮かんだのは、学生である二人の娘のことでした。上の娘はどちらかというと「物質的な」性格で、企業家としての方向性が感じられました。一方次女に関しては、癒しと調和の繊細なエネルギーを感知し、放出する能力があることが分かりました。心の目で娘の手のひらをしばらく見つめ、そこから快いエネルギーが柔らかく放出されているのを見たS.I.さんは、彼女に治癒能力があることを知りました。

このような方法で周囲の人々や環境、状況を観察し続けたS.I.さんは、どの対象に関しても新たな発見があり、またすべての対象にポジティブで調和をもたらす波動を送り込むことができました。同時に、妻が良い方向へと変化し、下の娘の能力が開発されるまでには長い時間がかかる恐れがあることに気づきました。時間に関する具体的な情報を得ることはできませんでした。それでも、人や未来の状況を洞察できること、創造的な方法で運命を形づくり、そのために音という「デリケートなツール」を用いることができることに、感銘を受けました。S.I.さんの満足感は計りしれなく、その後はグループの参加者に自分の体験を語って聞かせました(彼ほど進んだ体験を得た人はいませんでした)。他のメンバーに対して、自分は教える義務があることをはっきりと悟ったのです。その役割を果たしながらも、謙虚さを忘れず、なおかつ自分の感激を隠さず表現することができました。メンバーの中で最年長であり、社会的地位において皆をしのいでいたにもかかわらず、S.I.さんはそれを恥と思って萎縮することは全くありませんでした。

6.「準備ができていた参加者」のケース
D.P.さん(37歳男性/翻訳家)

D.P.さんはスポーツマンで体調も万全ゆえ、ペルーでの体験は病からの回復とは関係のないものでした。外見も魅力的で頭脳も明晰、友人からは好かれ夫婦関係も良好の彼の場合は、心理的な調和を求めての参加ではありませんでした。意識の新たな可能性の探求を目的として、ペルーにはすでに何度か足を踏み入れていました。シャーマニズムには深い関心を抱いており、カルロス・カスタネダの本はすべて読破していました。明晰夢を初めとするシャーマンのテクニックにも魅了されていました。ペルーを訪れるたびに、彼は研究したことをさらに高いレベルへと昇華させていきました。

D.P.さんはペルーへの旅が金銭面その他で負担にならないよう、自分の暮らし方を合わせていきました。仕事も、収入面の待遇がよく休暇が長く取れる職場を探し続けました。数ヶ月の間スペインで仕事をした彼は、スペイン語を流暢に操れるようになりました。ペルーには彼の妻も2回同行しましたが、結果として夫婦の結びつきを強めることができました。D.P.さんにとっては、意識の新しいレベルの探求はライフワークであり、彼自身のライフスタイルもそれと調和を保っています。シャーマンのセッションや瞑想では、明晰夢、コスミック・マインドとの交信、リモート・ビューイング、内面的に得たビジョンの他の生命体との共有など、スピリチュアリティに関連する方法のほとんどを実現させることができました。

ペトル・ホボット氏の企画に参加しペルーを訪れる人のほとんどが、D.P.さんのようなケースです。スピリチュアリティに関する本に造詣が深く、さまざまな形態のスピリチュアル・ワーク(瞑想、ヨガ、トランスパーソナル心理学、レイキ、太極拳など)に長年取り組んできた人々にもよく見られるケースだと言えます。

7.「非常によく準備ができていた参加者」のケース
J.R.さん(43歳男性/企業家)

J.R.さんは長年にわたってスピリチュアリティに関連した本を愛読し、実践セミナーに通い、武術やエネルギーワークに取り組んできました。ペルーは何度も訪れていました。J.R.さんの場合は、意識の掘り下げがより深くなるに従って、個人生活も上り調子になっていきました。ビジネスで成功を収める一方、幸福な家庭生活も築き上げ、妻の全面的なサポートも手にしました。彼の趣味は小型飛行機を操縦することで、めきめきとその腕を上げ、やがてアクロバット飛行にも挑戦するようになりました。

そこで試練がやってきたのです。2007年のある飛行フェスティバルで、J.R.さんの飛行機はエンジンが故障し、機体は急降下を始めました。機械的にはもはや手の尽くしようがなく、彼は全精神を集中させて、自分はこの墜落を生き残る、というイメージを描きました。墜落現場には救急車が呼ばれましたが、医師たちも病院に搬送されるまで生きながらえるかどうか分からない、と首を振るような状態でした。J.R.さんは体のあちこちを骨折していました。集中治療室に収容されてからも、医師たちは悲観的な予測を次々に出しましたが(「現状」による確かな裏づけもありました)、やがてそれも減っていきました。J.R.さんは否定的な見解の一つ一つに心の中で抵抗し、奇跡を信じるよう自分に言い聞かせ、瞑想し続けなくてはなりませんでした。医師からは、股関節の機能が不完全になるため、歩くのは無理だろうと言われていました。その危険が去ると、次は動きが著しく制限され、歩行が困難になるだろう、と言われました。この時も驚くべき回復力を見せて予測を覆しましたが、さらに右の手足に障害が残るので、乗り物の運転はできないだろう、という診断が下されました。

J.R.さんの奇跡的な回復の速さには、医師たちも舌を巻きました。現在、彼は自由に動くことができ、再び空を飛んでいます。ペルーも再度訪れました。J.R.さんは、健康と完全な身体機能を取り戻すことができたのは、ペトル・ホボット氏の瞑想セミナーで学んだ理論と、思考の力を肌で感じることのできたシャーマンワークでの体験のおかげでもあった、と当時を振り返っています。

8.「非常によく準備ができていた参加者」のケース
O.C.さん(45歳女性/作家)

O.C.さんは二十年余にわたって、スピリチュアリティと意識の開発というテーマに取り組んできました。南米は一度ならず訪れており、シャーマンとのセッションでも多くの体験を得ていました。2009年に参加したあるセッションでは、自分が通常の思考のレベルを超え、それまでは潜在的なものでしかなかった知覚形態が開いていき、彼女の意識もそれに同調した状態で、地球外の生命体と文明を感知する、という体験が繰り返されました。地球上ではさらに多くの人々がこのレベルで活動しているか、またはこのレベルに向かおうとしている、と彼女は認識しました。そして、この人たちの意識が地球外の生命体の意識と自然に結びついていく、ということを感じました。地球外の人々が地球上に物理的に姿を現すことも含めて、さまざまな方法の交信が可能である、ということが彼女には感じられました。

O.C.さんの認識では、このような交信の機会を得るのは限られた人々となり、その場所は周囲から隔離された所となるだろう、ということでした。それにはアマゾンのジャングルのような環境が理想的と思われました。O.C.さんはビジョンと思い出が半々になったような細切れの映像の中で、たくさんの親しい人々や、ほとんど知らないような人々の姿を見出し、彼らがその「宇宙との遭遇」に居合わせる可能性がある、と感じました。自分の運命をかけて最高の体験を得ようと努力してきた人々だからこそ、微妙な運命の「偶然」が共鳴しあって、将来このような「宇宙との遭遇」にふさわしい場所へと吸い寄せられていく可能性がある、とO.C.さんは悟ったのです。

9.「非常によく準備ができていた参加者」のケース
A.I.さん(37歳男性/心理・メンタルに関連する多彩な活動の主催者、また代替心理学および意識開発の分野でアドバイザーとして活躍)

A.I.さんはこの分野に長年従事し、南米訪問も数回にわたり、シャーマンのセッションにも繰り返し参加してきました。その中で、ある時の体験を運命的なものとしています。シャーマンの飲料を通常量飲み干した後、彼は意識がいつになく明確になり、知覚の質が変わっていくのを感じました。間もなくして彼は体外離脱し、望むだけで意識を身体の外に出し、自分の身体を外から眺めることができました。その時、今体験しているのが、自分の意識の形のない運び手、すなわち「魂」というものであることに気づいていました。その構造は空間において明確な境界をもたず、時間を超越していました。彼には、今自分が一体化している「魂」の状態においては、終わりが存在しないこと、つまり死というものはありえないことが分かっていました。人間としての存在に終わりがあるという感覚から、完全に解き放たれたのです。

セッションの他の参加者に目を向けたA.I.さんは、彼らの姿が光るエネルギーの構造として、あたかも細いエネルギーの糸でできた卵のような形となって見えました。シャーマンワークの一環として、エネルギーを加えたり、エネルギー構造を変化させたりするために、他人の意識にはたらきかけることが可能であること、それによってその人は今まで無視してきた事実に気づいたり、全く異なる見方で世界を認識できるようになったりすることが、彼には分かりました。

さらにA.I.さんは、自分が宇宙の基本法則とその成り立ちを知覚することも可能であると悟りました。前回までのシャーマンワークでは、同様のテーマを具体的かつ詳細な形態で認識しましたが、この時はどちらかというと抽象的で伸縮性に富み、大きな広がりをもった体験となりました。複雑な飾り模様や込み入ったスピリチュアルなシンボルなどの、典型的なビジョンも現れました。以前はこういったものを詳細に分析するのが好きでしたが、今回のA.I.さんの認識は冷静なものでした。このようなビジョンにも、またある種のメンタルシステムにも入り込むことができるのを知っていましたが、具体的にこれといって興味を引くものはありませんでした。どの映像からも、スピリチュアリティがこちらに訴えかけてくるようでしたが、彼にとっては果てしない意識の活動面にある「アイコン」のようなものでしかなかったのです。以前は具体的な精神体験を好む傾向がありましたが、今回は全体を一つの総体として凝視する方法を選びました。

嘔吐には至らなかったため、身体的に不快な感覚はありませんでしたが、時おり身体の動きをうまく制御したり、速く動いたりすることができなくなりました。

翌日以降、A.I.さんは自分の飲んだシャーマンの飲料に、何か特別な性質があるのではないか、と考えていました。グループの他のメンバーも素晴らしい体験を得ていましたが、そういった経験が初めてではなかった人で、特に驚異的な体験をした、という人はいませんでした。その時のシャーマンは広くその名を敬われていただけではなく、シャーマンの中でも一二を争うほど畏敬の念を集めていた人でした。このことからA.I.さんは、このような特別の体験が得られたのは、自分自身にある種の「変身」に対する準備があったことなど、多くの要因が組み合わさったためである、考えるようになりました。